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From:OCN 2020.11 vol.110 にっぽん深掘り紀行:伊豆と鎌倉でめぐる源頼朝の足跡 〜流人の身から栄華を極めるまで、頼朝の半生を辿る〜/クイズに正解するとJCBギフト券が当たる!
にっぽん深掘り紀行
今月のテーマ:伊豆と鎌倉でめぐる源頼朝の足跡 〜流人の身から栄華を極めるまで、頼朝の半生を辿る〜
にっぽん深掘り紀行とは?:身近な文化・なじみ深い著名人・広く愛される絶景…。「にっぽん深掘り紀行」は、毎月のテーマを深く掘り下げながら、日本各地の関連スポットをご紹介するコラムです。温故知新から見える新しい日本と、読んで味わう旅気分をあわせてお届けします。
静岡県の熱海や伊東など、伊豆半島の付け根付近を訪れると、「源頼朝ゆかりの地」という場所に出会うことがあります。頼朝というと、日本初の幕府である鎌倉幕府を開き、700年あまり続く武家政権を確立した将軍です。鎌倉に縁が深いことは何となく想像できるのですが、「なぜ伊豆?」と思う人もいるでしょう。 挙兵するまで頼朝が過ごしていた伊豆と幕府が置かれた鎌倉を紹介しながら、あまり知られていない時期の頼朝について、深堀りしていきたいと思います。
■伊豆に流刑されていた頼朝■平安時代末期の1147年、頼朝は尾張国で源義朝の三男として生まれました。父・義朝は1159年の平治の乱で敗北し、斬首。頼朝はまだ12、13歳の少年で助命もあり、伊豆国へと流されました。 伝承では、頼朝は伊豆国の「蛭ヶ小島(ひるがこじま)」で20年あまり過ごしたといわれています。蛭ヶ小島は北条氏の領地で、その長は北条時政でした。時政は頼朝のお目付役を任されていたのでしょう。 蛭ヶ小島はその名称から、かつて近くを流れる狩野川の中州だったという説があります。実際に行ってみると、今では低い山々の麓に広がる、日本のどこにでもあるような農村地帯。イチゴなどのフルーツ農家が多く目に入りました。ただし地形的に見れば、東海道の西から海沿いに続いていた平地がここで終わり、さらに東へ行くにはこの先のどこかで必ず山道を越えなくてはならないところ。蛭ヶ小島の端には韮山城跡もあり、戦略的にも重要なポイントだったことがうかがえます。
頼朝の青年期のことはよくわかっていませんが、伊豆には頼朝ゆかりの地とされている場所、特に神社が数多くあります。頼朝は箱根権現と伊豆権現を信仰していたため、箱根神社と伊豆山神社につながりがあり、危険な時には伊豆山神社に匿わられたという伝承もあります。 また、三島の三嶋大社にも戦勝祈願に訪れており、この3つの神社は頼朝が政権を取った後、とくに大事にされたようです。三嶋大社のそばには、頼朝が祈願に行く途中の祠で寝てしまい、その場所に建てられたという間眠(まどろみ)神社もあります。伝承でしょうが、伊豆の人たちが頼朝を尊敬するあらわれともいえるでしょう。
軍記物語の『曽我物語』によると、当時伊東を治めていた伊東祐親が京に行っている間、頼朝は祐親の娘・八重姫との間に男児をもうけます。京から戻った伊東祐親は激怒し、男児を淵に沈めて殺し頼朝の命も狙いました。しかし頼朝は伊東氏とはライバル関係にあった北条氏のもとに逃げ延び、助かったという話があります。 現在の伊豆は温泉地という印象が強く、街中をただ歩いているだけでは、それほど歴史を感じることありません。しかし神社の由来などをたどると、意外にも古い歴史や興味深い伝承があることに気づきます。温泉とおいしい魚なども魅力的ですが、見方を変えればそんな歴史の深堀りもできるところなのです。 北条氏の領地に移った頼朝は、今度は北条時政の娘・政子から気に入られ、政子は父の反対を押し切って、頼朝と婚姻関係を結びました。頼朝30歳、政子は20歳ほどでした。
■頼朝挙兵、敗北。そして再挙■1180年、以仁王の「打倒平家」を受け、頼朝は挙兵します。配下はわずか300騎。しかし最初の戦である石橋山(現・神奈川県小田原市)の戦いは準備不足で敗北。頼朝の軍は散り散りとなります。 頼朝は流人なので自分の兵はおらず、頼みの綱は土地の豪族たち。もともと伊豆の豪族たちの利害関係は複雑で、源氏の挙兵に際してそれが二分して争うことになったのです。
湯河原の山の中に、「しとどの窟(いわや)」と呼ばれている窟があります。『源平盛衰記』では、石橋山の戦いで敗北した頼朝らがここに隠れます。そこへ敵軍が捜索に来て、洞窟の中に入った梶原景時が頼朝を発見。もはやこれまでと自害しようとする頼朝でしたが、景時はそれをおし止めて見逃すというくだりがあります。景時はのちに頼朝側につき、その重臣になりました。 湯河原から芦ノ湖方面へ抜ける山道の途中に、このしとどの窟への道があります。2020年の3月までは路線バスで行けましたが、今ではそれも廃線になり、訪れる人もまばら。しかし窟への山道にはそれほど古くはない石燈籠が並んでいるので、かつてはそれなりに参拝客も来たのでしょう。急な山道を20分ほど下ったところに、この窟はあります。静まり返った森の中、岩の上から水が流れ落ちる音だけが響いていました。
■鎌倉幕府の成立と頼朝の死■その後頼朝は、現在の真鶴岬から海上を渡って安房国(現在の千葉県南部)に上陸しました。以降は千葉の有力豪族を味方につけ、数万に膨れ上がった兵で勢いに乗り関東を制圧。鎌倉入りします。鎌倉を本拠地としたのは、かつて父や兄が住んでいたからでした。全国各地で平家に対して反乱が起き、1185年に平家は壇ノ浦で滅亡。頼朝は、鎌倉政権の脅威となりそうな奥州藤原氏も滅亡させました。 1192年、頼朝は征夷大将軍に任命されます。「いいくにつくろう」と覚えた鎌倉幕府成立の年号ですが、現在の日本史の教科書では1185年説が主流です。この年は平家が滅亡し、頼朝が後白河法王に全国の守護と地頭の任命権を持つことを承認させた年です。つまり、頼朝が実質的に日本の統治を始めたのはこの年なのです。
残暑厳しい夏の終わり、鎌倉を訪れました。今では落ち着いた郊外の街ですが、頼朝の時代にはここが日本の国政の中心でした。当時の面影は、山側にある神社や寺院に残っています。鎌倉の中心ともいえる鶴岡八幡宮は、源氏ゆかりの神社として頼朝も深く崇敬し、由比ヶ浜辺りから雪ノ下に移して社を建立。鎌倉のまちづくりの中心としました。境内に立ち、鎌倉時代に思いを馳せてみます。 現在の鎌倉は人気観光地ですが、駅周辺などの一部を除けばおおむね落ち着いた雰囲気があります。街中に古民家や邸宅、一軒家が多いのも特徴で、住宅地を歩いているとここに住んでみたいと思わせるものがあります。東京にほどよい近さでこの古風な雰囲気は貴重でしょう。明治時代に多くの文筆家が鎌倉を好み、住んだのも納得できるような気がしました。 1199年、頼朝は53歳で生涯を閉じました。前年の相模川で催された橋供養の際に橋近くで落馬したのが原因という説もありますが、頼朝の最期についてはあまり詳しくは知られていません。 相模川には明治時代に至るまで橋が架けられていませんでした。しかし関東大震災の時に、近くの小川から古い木柱が出現します。これが鎌倉時代の橋桁の一部と鑑定されたので、頼朝落馬の伝承も真実味を帯びてきたそうです。
頼朝の容姿は知られておらず、また肖像画もずっと後の時代に描かれたもの。教科書に長らく掲載されていた京都神護寺三像の「伝源頼朝像」ですが、1995年に足利直義説が出され、今ではそちらが主流になりつつあります。最近では、東京国立博物館にある木造の「伝源頼朝像」のほうを掲載する教科書もあります。 自分の部下がほとんどいない中、周囲の豪族や武士たちを味方にして軍をまとめあげ、わずか6年ほどで武士の頂点に立った頼朝。いくら家柄がよくても相当の才覚と魅力がなければ困難です。 そんな頼朝が流人の身として過ごし、そして日本の頂点まで上り詰めた場所である、伊豆と鎌倉。今では東京などの大都市の陰に隠れていますが、頼朝が生きた時代の目線で訪れてみると、重要な土地であったことがわかります。歴史をめぐる旅では、今見えるものだけでなく想像力を発揮すれば、また違ったものが見えてくるでしょう。
源頼朝ゆかりの地をめぐる
頼朝が20年余りを過ごした伊豆と、幕府を開いた鎌倉には多くの頼朝ゆかりの地があります。史実なのか伝説なのかわからない場所もありますが、少なくとも昔の人たちが信じていたことにはまちがいありません。
【蛭ヶ島公園(静岡県伊豆の国市)】頼朝が配流され、旗揚げまでの20年間住んでいたとされる北条氏の領地。頼朝はここで北条政子と出会い、結婚しました。現在は一帯が公園になっていて、頼朝と政子の像が立っています。公園内にある「蛭ヶ島茶屋」では軽食も楽しめます。(アクセス)伊豆箱根鉄道駿豆線「韮山駅」から徒歩10分。
【間眠(まどろみ)神社(静岡県三島市)】源氏再興を願い三嶋大社に百日祈願へ行く途中、頼朝は路傍の祠(ほこら)の松の下で仮眠をとります。頼朝が天下を取ると、この松が「頼朝公間眠の松」として有名になり、社が立てられました。(アクセス)伊豆箱根鉄道駿豆線三島田町駅から徒歩6分。三嶋大社までは約700m。
【音無神社(静岡県伊東市)】軍記物語『曽我物語』によれば、頼朝は伊東で豪族の伊東祐親の娘・八重姫と通じて千鶴丸という男児をもうけました。頼朝と八重姫が愛を語った音無の森に建てられたのがこの神社。今では縁結びの神社として知られています。(アクセス)伊豆急行伊東駅から徒歩15分。
【伊豆山神社(静岡県熱海市)】弘法大師こと空海が修行したという霊場に建てられた神社。頼朝はここで源氏再興を祈願したほか、伊東祐親に追われた時にはかくまわれ、また輿入れ先から逃げ出した北条政子とここで落ち合い共に匿われるなど、何かとゆかりが深い神社です。そのため鎌倉幕府成立後は、箱根神社や三島神社などとともに重要視されました。 ちなみに、本殿近くには俳優の小泉今日子が寄贈した、通称「キョンキョンの鳥居」もあります。仕事がうまくいっていないと2010年に奉納。その後、NHK朝ドラなどの仕事が入ったといいます。訪れた際にはあわせて見るのもいいかもしれません。(アクセス)JR熱海駅から徒歩30分、またはJR熱海駅から七尾原方面行きなどのバスで「伊豆山神社前」下車。
【しとどの窟(神奈川県真鶴町)】石橋山の合戦後、頼朝は真鶴岬から船出し、千葉の安房国へ逃れます。その時に隠れていたのがこの洞窟といわれています。今は小さな洞窟ですが、頼朝の時代には130mほど奥行きのある洞窟で、直接海に面していました。その後、浸食により小さくなり、さらに関東大震災による隆起で今の場所に。落ち延びて頼朝と一緒に隠れた部下は7人だったそうです。 湯河原の山中にあるものと同じ名前で混乱しますが、昭和初期にはどちらが本物かという論争がありました。しかし今は、頼朝は石橋山の敗戦後に複数の場所に隠れていたということで落ち着いたようです。ちなみに「しとど」とは、追手が近づいた時に窟から「しとと」という鳥が飛び出したため、中には人がいないものとして追っ手が立ち去った伝承からだそうです。(アクセス)JR真鶴駅から徒歩16分。
【大蔵幕府跡(神奈川県鎌倉市)】平家との富士川での戦いの後、鎌倉に戻った頼朝が1180年に大蔵郷に建てた館が大蔵御所で、1225年に幕府が宇都宮辻子に移るまでの間、ここが鎌倉幕府の中心地でした。今では小学校の脇に碑文が立っているのみです。(アクセス)JR鎌倉駅から徒歩17分。鎌倉駅東口から浄明寺方面へのバスで「岐れ道」下車し、徒歩1分。
【源頼朝の墓(神奈川県鎌倉市)】大蔵幕府跡から歩いて約3分のところにあります。頼朝は亡くなると自身が建立した法華堂に葬られましたが、今では法華堂自体がなく、墓も残っていません。よって、この供養塔が立っている小山自体が墓と考えていいでしょう。 東隣には北条義時建立の法華堂跡もあります。住宅地を抜け、小山の石段を登ったところにひっそりと立っています。(アクセス)JR鎌倉駅から徒歩20分。鎌倉駅から八幡宮行きのバスで「岐れ道」下車、徒歩3分。
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