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第5回:藤田まこと「コンプリート書評」

第5回:藤田まこと「コンプリート書評」

書評インデックス


藤田まこと『必殺 男の切れ味 熟年の魅力をどうつくるか』(83年/潮出版社)

藤田まこと『必殺 男の切れ味 熟年の魅力をどうつくるか』(83年/潮出版社)

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藤田まこと『必殺 男の切れ味 熟年の魅力をどうつくるか』(83年/潮出版社)

 キャリアは長いのに、番組本とかではない単独の著書はデビュー30年を過ぎた50歳でのリリース。しかも、表紙やタイトルからもわかるように、思いっ切り『必殺』ブームの便乗本である。
「最近、われわれ芸能界の仲間連中やプロ野球をやめた人たちが、本を書いて、それなりに話題を集めたはります。一種の流行りかもしれまへんが、その流行に便乗して書くのやったらいやですけど、ほんまに求められてやるんやったら、一丁やったろか!」
 本人はそう語っているが、世間が求めているのは『必殺』シリーズの中村主水的なキャラクターだったはず。  なので、彼も「主水の家庭は、ぼくの家そっくり」として嫁&嫁の母親の板挟みになる苦労を語ったりしてはいるんだが、むしろ『遠山の金さん』的な遊び人ぶりばかりが印象に残る一冊なのであった。
  なにしろ、少年時代を振り返ってもこの調子。
「中学生のころは、女の子にもてた。今ほど顔も長くなかったし、野球部の選手やし、勉強もよくでき、生徒会長もやったことがある。これで、もてんかったら、どうかしている。女の子の憧れの的だった。そのころから二枚目半の要素があったらしく、もらったラブレターを教室で大声でよみあげて、みんなを笑わせていた。もてすぎて、男の子から呼び出されてなぐられたり。そんな災難にあうと、女の子は同情して、またまた人気急上昇。ラブレターなどよみきれないで、川へ流すほどきた」

  当然、芸能界入りしても、「あのころはよく遊んだ。一世一代の芸をして、やっとこれだけの金が入ってきたというわけではない。いいかげんな芸をして、遊んでいてもらった金や。えらい目さしてかせいだという実感はない。だから、使うときも惜しげがなく、見事に使った」って感じで、女遊びしてきたことをざっくばらんに告白していくのだ。
「人並みの浮気もしてきた。女房は、人並み以上というに決まっている。浮気というものは、バレないでやるのが本道で、ぼくもたえず女房の顔色をうかがい“よしよし気づかれていないぞ”と、後ろめたい気持をいだきながら男のかい性を発揮していた」
 しかし、「一年おわりの大晦日に『パパ、ちょっとこっちへいらっしゃい。あのときは、こんなことがあったでしょ』と、ひとうひとつ並べたてられて白状させられる。みんな、ちょんばれやったのだ。それも、ネチネチしないでカラッとやられる。そこでぼくは、ぼくのヘソクリから詫び料をとられる」とのこと。
 殺しの代金をヘソクリしておいたら、それをせん&りつに発見されて奪われるのが『必殺』の基本パターンだったんだが、人殺しの主水と違って藤田まことは女殺しだったわけである。
 そして巻末には、スポンサーらしき大物たちを誉めまくる「こんな人がいるから、ぼくは幸せ」コーナーも収録。創価学会系出版社からのリリースなだけあって、「義兄・濱田の紹介で田代富士男先生(公明党副書記長、衆議院議員)とお会いしたときから“何か心かよう人だなあ”と思った」「政治家が、みんな田代先生みたいやったら、日本の国がもっともっとよくなるんじゃないかな」と褒めちぎったり、「はじめて会長(佐川急便、佐川清会長)とお会いしたとき、この方、ひょっとしたら太閤秀吉の生まれ変わりと違うかいな……。そう思った」と大袈裟なことを言い出したり、「ぼくの女房がクラブをやっているビルの持ち主」として後にトラブルとなる末野興産・末野耕一社長のことも「こんな人がいるかぎり、経済都市・大阪の地盤はゆるがないだろう」と絶賛したりしているのであった。こんな人のせいで日本は大変なことになったのに!

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藤田まこと『こんなもんやで人生は ムコ殿の人間修行』(88年/主婦と生活社)

藤田まこと『こんなもんやで人生は ムコ殿の人間修行』(88年/主婦と生活社)

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藤田まこと『こんなもんやで人生は ムコ殿の人間修行』(88年/主婦と生活社)

 表紙はアレだけど、中身は異常に濃い一冊。また『必殺』のムコ殿キャラに便乗したタイトルだし、「『必殺』シリーズの昼行燈のような下級役人中村主水は、僕自身の分身でもある。だから、ときどき自分が主水なのか藤田まことなのか、わからなくなるときがある」などと言ってたりもするんだが、主水っぽいのはそこじゃない。むしろ、表向きはムコ殿キャラなのに本当は非情な男だってところだろう。
 この本で初めて告白する家庭環境がまた、かなりの重苦しさ。俳優だった父親が結婚したのは、 「当時、親父が遊び歩いていたひとつに堀江新地があり、母とはそこで出会った。彼女はそこの看板芸者で、一目惚れした親父は大金を出して身請けした」という経緯だったのだそうである。
 そのため、父親は「俺がお母さんを身請けするときには、えらい金をかけた。つまり、それまで遊んだ金だって、とどのつまりはおまえたちに投資したことになるわけだ。せっかくおまえもこういう商売をはじめたのだから、おまえ一代で俺が遊んだ分まで全部取り返せよ」と藤田に命令。
 そして、母が亡くなり父が再婚すると、藤田は牙を剥き始めるのであった。
「最初は、家族が増えることはいいことだぐらいに思っていた僕に、(兄は)あることないこといろいろ洗脳しはじめた。そこで、すっかり兄の言う通りだと思った僕は、羊が狼に変身するがごとく猛然と反抗の火を燃やし始めたのである。兄と姉はある程度反抗したあとは現状を受け入れ、これからは新しいお母さんに協力してやっていこうと柔軟路線を取るようになったが、火をつけられた僕はそんな簡単なことでは収まるものではなかった。義母の言うことは一切聞かず、もちろん口もきかない。僕がいるだけで、家のなかは暗く、陰鬱な雰囲気になった。(略)そんな生活にいたたまれなくなった兄は、志願兵として戦争に行ってしまった。『おまえがお母さんのいうことを聞かないので、家の中がメチャメチャになってしまった。だから兄ちゃんは、居づらくなって戦争に行ったんだ』。兄が出かけてだいぶ経ってから、姉がポツリとつぶやいた」

 どうですか、このムコ殿キャラとは無縁の重苦しさ! こうして藤田は養子に出され、兄は戦死し、姉は病気になり、両親は離婚……。なお、「義母が下の子供を連れて家を出て行ってしまった」原因は、兄が死んだため藤田が家に呼び戻され、再び反抗をし始めたからだったようである……。  こんなヘヴィな話をしておいて、「女は二号さんにつきるよ」なんて感じで、女絡みの話は豪快に語っていく藤田。初体験の話も、この本にだけ書かれている。
「当時、京阪沿線に橋本という駅があり、そこにはどこにも行き場のなくなった女郎が集まる最低の遊郭があった。『橋本に居つづけるのが最高の遊びだ。最後の女郎が集まる最低の場所で遊ぶのが男だ』なんて先輩に吹き込まれるままに、『そうだ。それぞ男気というものだ』などと息巻いていたものである。中学二年のとき、悪友が五、六人集まって、いよいよ遊郭へ行こうということに決まった。しかし、全員スカンピン。呉服屋のせがれが『俺にいい考えがある』と、店の反物をくすねてきて質屋に入れ、みんなの軍資金を作った」
 あえて最低の女郎を相手に童貞喪失! 自分の運の良さについての章でも、なぜかこんな話を始めるのであった。 「運は事故だけでなく、女性問題でも威力を発揮してくれた。これはカミさんと出会う前のことで、もう時効のはずだが、かつて五年ぐらい一緒に暮らした女性がいた。相手の家族からも公認の仲で、いろいろあったなか彼女が妊娠した。僕としてはまだ結婚する気はなかったが、彼女は『産む』と言ってきかない。『だけど、俺はこんな商売だし、いつ仕事がなくなるかもわからん。結婚だっているのことになるかわからないのに、子供など……』。それでも彼女は産むというので、それならばと僕も腹をくくった。ある日、劇場に出ていたところで、彼女の友達から『大変なことになったから、すぐきてほしい』と電話があり、舞台が終わるのを待って指定の病院に駆けつけると、流産しそうで、すぐ帝王切開しないと母体が危ないという」
 こうして、「結局、お腹の子供は死亡」し、「二人の関係もガラガラと音を立てて崩れ去った」そうなんだが、それを運がいいエピソードとして語る非情ぶりには誰もが戦慄(せん&りつ)すること確実!
 それと、「僕も一度魔性の女らしきものに会って、もう少しで溺れそうになったことがあった。十年以上も前のことなので、すでに時効の話として聞いてもらいたい」とのことで、「小さいながらもクラブを経営している女の子」に「のめり込み、制御不可能になって溺死寸前。仕事も上の空で、一生懸命彼女のもとに通った」エピソードにしてもそうだが、時効を言い訳になんでも話す姿勢も最高だ! 十年ちょっと前なら思いっ切り不倫だし!
 それでも、自分の下半身事情を告白するだけなら、まだいい。しかし、勢いにのって他の人の女遊びまでついでに暴露してしまうのであった。
「キャバレー回りをしていた頃、確か三十代半ば頃だったと思うが、まだ人気者になる前のドリフターズと、一緒に九州を旅したことがあった。夜、仕事が終わってから『よし、ソープへ行こう』というので、十四、五人の団体でゾロゾロ出かけて行った」
 ドリフがソープって! そんなこと暴露したらダメだこりゃ! ♪ババンババンバンバン、風呂入れよ!
 そして、借金問題についてもこの本でようやく告白開始。
 もともと『てなもんや三度笠』出演時、高級クラブ通いのせいで「結婚一年経つか経たぬうちに家計は火の車。借金地獄が始まった」のだそうである。  さらには、こんなトラブルも勃発。
「かれこれ二十年近く前になるが、カミさんの兄貴がある事業を興し、僕も参加したところトラブルに巻き込まれて、当時の金で五千万円の借金を抱えたことがあった。それまで喧嘩のない夫婦であったが、そのときばかりはさすがに夫婦間のトラブルが絶えなくなった。カミさんと口論になるたびに、『今、五千万円自分の金を持っていたら、その金をたたきつけて家を出てやるのに』と何べん思ったかわからない。真剣に離婚を考えたのはそのときだけだ」  その結果、「カミさんには苦労のかけっぱなしで、借金地獄の頃など一人で悩みぬいた末、目をむいてひきつけを起こしたこともあった」ことも発覚! それでいて、「そのときは家じゅう大騒ぎになったが、かといって僕を責めるでもなく、これまで喧嘩らしい喧嘩をしたこともない」と呑気に言い切るのであった。離婚を考えるぐらいの口論を繰り返したはずなのに!
 そんなゴタゴタを経験しておきながら、「最近は芸人でも遊びを知っている人がめっきり減り、みんなマイホームパパになってしまったが、大阪のキタやミナミの高級クラブを飲み歩いてワーワーやっていたのは僕が最後のような気がする」「関西のプレイボーイは、俺で最後や」と最後にブチ上げる藤田まこと、最強だ!

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藤田まこと『料理の上手な女性にささげる本』(89年/青春出版社)

藤田まこと『料理の上手な女性にささげる本』(89年/青春出版社)

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藤田まこと『料理の上手な女性にささげる本』(89年/青春出版社)

誰がどう見ても料理本なのに、レシピは一切なし! 何かと思えば、料理にまつわる面白エッセイ集みたいなものである。
 好物はそば&うどんだそうだが、その理由も「そばやうどんというもんには、まずくて、腹が立って、ぶつけてしまいたくなるほどのものってないんですよ。いくら安くてもね。そんな食べ方ですから、ゆであげてから時間がたちすぎてパサパサしたのでなけりゃ、なんでも食べます。お店を選ぶなんてことはしてません」というデタラメぶり!
   そして、料理本なのに「仕事で九州に行った際のことも忘れられまへんな。ある大きな会社の慰安会でして、二週間ぐらいの興行だったでしょうか。雁之助、小雁、ぼく……ずいぶんたくさんで行ったんですけど、一週間もするとそろそろ退屈になってくるんです。もう時効だからいいだろうと思って話すんやけど、実はソープランドへでも行こうかと話が決まり、八人ぐらいで押しかけたんです」と、またもや時効を言い訳にソープの思い出話を語っていくのであった。場所も九州だから前作に書かれたソープ話と同じはずなのに、一緒に行った人数も半分になっているし、同行者も別人! おそらくドリフの5人+芦屋雁之助+小雁+藤田まことの計8人でソープに行ったんだろうなあ……。

 あと、またもや自分の運の良さについて語り、「カミさんからもらった運、そのもうひとつがスナックの経営や。もう、すでに三軒です」だの、京都・嵐山の中華レストラン『主水』も「ありがたいことにお陰さんで、観光シーズンになると厨房がパンクするほどに繁盛させてもろてます」だのと、副業の成功ぶりもアピール開始。きっと、この本は副業のレストランを宣伝するために出したんじゃないかと勝手に推測した次第なのである

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藤田まこと『年をとるのも悪くない』(91年/飛鳥新社)

藤田まこと『年をとるのも悪くない』(91年/飛鳥新社)(97年/道草文庫)

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藤田まこと『年をとるのも悪くない』(91年/飛鳥新社)

 よりによって一番弱いヤツが出て行った! 高田延彦がヒクソン・グレイシーに何も出来ず敗れたとき、アントニオ猪木はそう言ったが、これもそんな感じの本だ。藤田まこと史上、初めて文庫化もされた本なのに、よりによって一番面白くない本が文庫化されてしまったのである。
 唯一、これはと思ったのは「家内と私についても一言いっておく必要があるかもしれない。私は若いころ、詳細は省略するが目茶苦茶に遊びまわって、家内からは長らく勘当されていたようなものである。いまはその勘当がとけて、一四、五年といったところだろうか」との発言。文庫版にそう書かれているということは、最初の本が出た83年の時点では勘当がとけたばかりだったのか!

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藤田まこと『人生番狂わせ』(99年/集英社)

藤田まこと『人生番狂わせ』(99年/集英社)

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藤田まこと『人生番狂わせ』(99年/集英社)

 世間で「藤田まこと借金三十億円」「夫人経営『嵐山主水』が倒産!?」などと騒がれていた時期に、全てをブチ撒けた一冊。借金について告白する勢いで、『必殺』の「出演者の中に一人だけ、『なめやがったな』というのがいましたね。仮にNさんとしておきましょう。最初Nさんは『必殺』シリーズのスペシャルを撮ったときに仇役で出てきたんです」などと、中条きよし批判らしきこともブチ撒けるキラーぶりが最高である。
 もともと「なんとかレギュラーに入れてもらえませんかね」と藤田に頼んできたから、朝日放送と松竹に連絡したことでレギュラーになり、「よろしくお願いします、念願叶って出られました」と、「最初のうちは殊勝な態度」だった。
「ところがその翌年、またレギュラーで一年しかたってないのに、夜遅くまで撮影がかかると、『ばかに遅くまでかかるんだな、もっと早くやってくれよ、俺だっていろいろほかに仕事あるんだから』とこうです」
 番組絡みのイベントに衣装を着て出るときも、「おらぁ衣装なんか着て出ないよ、みっともない。芝居もしないのに衣装なんかやだよ」とボヤきまくったとのこと。

  しかし、「なめやがった」なのは中条きよしだけではない。藤田にしても、知人の披露宴で「それじゃ、新郎新婦に『愛の讃歌』を歌いましょう」と切り出し、こんなスピーチをしたのだそうである。
「もしよろしければ、私はあと二、三曲歌わせてもらいます。新婦がお色直しをなさっている間というのは大変白ける時間です、その間を埋めましょう。しかし、その場合、今の『愛の讃歌』が私からのご祝儀で歌わせてもろた分として、あとの曲は一曲あたり、だいたい三百万ぐらいの値がつくんじゃないかと思てます。三曲歌わしてもらうと九百万ですなぁ。しかも、こういうおめでたい席で歌わせてもらうということになれば、百万は歌い手に対するご祝儀でいただけるんじゃないかと思います。しめて一千万の勘定ですな。実は私、新郎にはいろいろご迷惑をかけてるお金がそのくらいあります。そやから三曲歌わしていただきますが、それで全部借金は帳消しにしていただけるということで、いかがなものでしょう。それでよろしいでしょうか」
 よろしいわけないよ! 完全にナメきってる! でも、このナメ方には愛嬌があるから問題なし!
 嵐山・主水が倒産した後、「暴力団からの融資疑惑、黒い交際?」と騒ぎ立てられ、とある暴力団の組長夫人から借金したことに関する釈明会見をセッティングされたときも、藤田はこう言ったのだ。
「なんでみなさんに釈明をせなあかんのや。たとえ暴力団関係の人が後ろにいたとしても、それは知らなかったこと。その人が金を貸してくれたから、急場をしのげたんや。何が悪いんや。みなさんは裁判官のつもりでここへいらっしゃってるのかもしれませんが、あなたがたはそういう質問を私にする権利はない。私がもし警察から呼ばれたんなら別や。でも警察はなんにも言ってきてません。私は犯罪を犯したつもりはない。阪神大震災のときに山口組が炊き出しをしたやないか、そんときにそれを食った人に罪があるのか? それを聞かせてもらいたい」
 黒い交際、上等!
 とにかく、この時期の藤田は副業でのゴタゴタもあってかなりギラギラしていたようで、フジテレビのワイドショーのレポーターが店や自宅に来て失礼な取材をしていたことにも激怒。「よーし、フジテレビなんか、死んでも出ぇへんぞ! どんなにおいしい仕事が来ても絶対に出えへんぞ」と宣言するが、「ところが平成十年には池波正太郎先生原作の時代劇『剣客商売』がはじまりまして、コロッとてのひらを返して今は、『いやー、どうもどうも、一生フジテレビさんにはお世話になります』」と言い出すのであった。
 当時、コマ劇場での舞台についてスポーツ紙に「藤田まこと・佳那晃子、借金コンビ結成」などと書かれたときも、「……今日は芝居が面白いとか面白くないとか、いろいろ新聞に書いてくださる記者の皆さん、マスコミ関係の方があちらの席に座っておられます。実はその中のサンケイスポーツさん、デイリースポーツさんが“借金コンビ”なんていう記事を書いてくださった。(略)あまりにもそれはひどいじゃないですか。編集長の見識を疑います。それはペンの暴力。言うとくけどな、孫子の代まで『サンケイスポーツ』と『デイリースポーツ』は読まさへんから、そのつもりでおれよ!」と観客の前で力強く宣言!
 ところが、「今考えたらサンケイスポーツいうのはフジ・サンケイグループ、フジテレビの親せきや! こら、えらいこと言うてしもたなぁ」と反省し、駅の売店では「おばちゃん、『サンケイスポーツ』」と頼むようになったそうだ。
 そんな具合に怒りが持続しないタイプの藤田だが、「便利使いしやがったS興産」に対しての怒りだけは治まらなかった模様。 「今でも腹に据えかねる、S興産との間の出来事をお話しましょう。僕とS興産のつき合いは昭和五十五年ころ、S興産がはじめて一号ビルを買うたときにはじまりました。僕とこに、そのビルでクラブをやらんかという話をSが持ってきたんです。(略)ところが店の経営がどんどんうまいこといかんようになってきたんです。バブル崩壊に向けてまっしぐらの時代です。毎日金の工面で大変な時期やった。そんなとき、S興産から『実はハワイのゴルフ場を買収することになったんやけど、その関係で無効でチャリティーゴルフをする。ついては芸能人が足りないので来てくれへんか』。そんな誘いがありました。ちょうどテレビの撮影中だったんですが、まあ、これも弱味につけ込まれたというのか、S興産はうちの商売が大変なこと知ってましたから、『いろいろ大変やろから、ハワイでちょっと話聞くわ、なんとか力になるからハワイに来てくれないか』と言ってくれた」
 それで無理してハワイに行き、チャリティーオークションに二、三百万はするエメラルドの入ったブローチを出品した結果、「よっしゃ、任しとき」と言われたのに、「結局うちのヨメさんはS興産に二十日間ほど日参したけど、通えど通えど、一銭も出ない」。
「弱みにつけ込んで、便利扱いしやがって、とホンマに腹が立ちました。それから数週間後に、パンクしたわけです」
 そして、やむなく家や店を手放すと、「あんたの家競売で落としたのも、京都の店を落としたのも、全部S興産の子会社やで」と言われたりで、さらに怒りが増幅。
「ま、いずれは普通の家よりはちょっと塀の高い所にいらっしゃる、という話も聞きました。あそこは大阪の『神田川』よりおいしいもの、栄養のあるものを食べさしてくれるということです。どうぞごゆっくり」
 かつては著書で褒め称えた末野興産・末野耕一社長に対して、そんな嫌味もブチかますのであった。
 でもまあ、「平成五年、商売がどうにもいかんようになって、あかん、もう手を上げようということになりましたが、そのことが幸か不幸か、それまでバラバラの生活が続いていた家族が一つになるきっかけに」なったんだから、それはそれで良し!
 最後は、「僕のあと、ミナミや新地でウロウロしてたのは西川きよしさんあたりでしょうか。(略)そのあとの世代は、あまり高級クラブやバーへ出入りしなくなったんとちゃうかな。一般の方でも、芸人連れて社長にヨイショして、という人もいなくなりました。もう芸人連れて面白がっている時代ちゃいますわ。新地もミナミもまあまあ、だいぶ人けがなくなっているんとちゃいますか。遊びはもう卒業ですわ」と言っているのだけは、寂しくてならないのであった。夜遊びしてなきゃ藤田まことじゃないのに!

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藤田まこと『最期』(06年/日本評論社)

藤田まこと『最期』(06年/日本評論社)

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藤田まこと『最期』(06年/日本評論社)

 藤田が、「七十歳を超えて、これが最後の本になるやろ、心残りのないように書いておこうという思いを込めて」「すべてを語り尽くす」一冊。装丁もいいし、中身もなかなかのクオリティである。
 父親が「役者いうもんは、遊ばな輝かん」とばかりに、映画会社に渡された「一生かかっても使いきれん大金」を「一年足らずで綺麗に使い果たし」たとか、二人目の母親が「とある著名な文化人の奥さん」だったとか家族に関する新ネタも多いんだが、気になったのはこの発言。
「これまで僕は、自分の戦争体験を話すことはありましたが、兄のことに触れたことはありませんでした。隠していたというよりも、自然と触れなかった自分がいました」
 ……って、おい! 『こんなもんやで人生は』で既にたっぷり書いてたよ、その話は! これは明らかに、ライターが資料を集めきれなかったことによる勘違い!
 でも、少年時代は「ヒロポン常習の不良」で、警官の目の前でヒロポンを打ったら尾道で雑居房にブチ込まれたとか、「『はぐれ刑事純情派』という刑事ドラマの主役をやるようになって、警察の偉い人とも知り合い」、一緒にゴルフをやったら「藤田さん、若いころはやんちゃだったんですね」「そんなことはありませんよ。僕はまじめですよ」「いやいや、日本の警察は世界で一番ですからね。えぇ、未成年でも十五歳以上ならば資料は全部残っていますよ。中学三年生の時に京都で喧嘩して傷害。

そして尾道の一件」と言われて悪事が全部バレていたとか、どうせ最後だからとばかりにヤンチャなエピソードも次々とお蔵出しにしていくわけなのだ! 女性関係についても、「結構遊んでいたし、なかには結婚を迫られたり、相手の親が乗り気になってあやうく結婚させられそうになったことも」あったけど、「ややこしくなると荷物をまとめて夜逃げ同然に下宿から逃げた」とか、「そんなふうに遊んでいたんですが、全部嫁さんにばれていましたな。ばれて喧嘩になると、僕のほうが『わかった、出ていく』ってなるんです」とか、素直に告白。
夜遊びについては、「大阪の芸人で、高級クラブを飲み歩いていたのは僕が最後かもしれません」と言いつつも、もう卒業しちゃったんだよなあ……と思ったら、「芸人は夢を売る商売。派手に遊ばな。そうした意味では、みのもんたは偉い。時々銀座で彼と会います」とのことで、いまでも銀座でみのもんたを目撃するぐらいのレベルで遊んでいることが明らかになるのであった。さすがだ!

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木村隆『日本の美男・美女100人本音トーク集  泣いて、笑って、恋をして。』(91年/ビクターブックス)

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 大原麗子に「例のマンションにまつわる訴訟、よかったですね」と、「昨年六月まで住んでいた六本木のマンションの持ち主=医師、甲府在住=から受け取った四百二十万円の小切手の有効性」をめぐり裁判で争ったというデリケートな話題をいきなりぶつけたり、「それにしても、あなた、人がいい。ボクに三千円でいいから貸して!」と言い出したりする、スポニチ文化部の記者のガチンコ・インタビュー集。秋吉久美子、泉ピン子、鈴木保奈美、倍賞美津子、和田アキ子、いかりや長介、五木ひろし、北島三郎、草刈正雄、近藤真彦、真田広之、柴田恭兵、ジェームス三木、森進一、森繁久彌、横山やすしといった大物100人の1人として、藤田まことが登場している。
 藤田のことを「短気でしょう?」と決め付けて「うんうん(と横のマネージャー女史がうれしそうにうなずく。本人は苦笑)」と描写する木村隆もいいんだが、「女……は?」と聞かれて「(生マジメな表情をくずさず)数えきれないほどやりました」と、あくまでも淡々と凄いことを言い出す藤田が、やっぱりいい。

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竹本浩三『オモロイやつら』(02年/文春新書)

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 吉本興業の演出家が、西川きよしやトニー谷といった芸人について語る新書に藤田の章を発見。吉本の人間なだけあって、藤田がタップ・ダンスという漫才コンビをやっていたとか、知られざるネタ多数。『てなもんや』時代の仕事仲間であり、遊び仲間でもあったせいか、当時の藤田夫婦についても、えらい事情通なのであった。
「藤田御殿と言われた大阪豊中に新築した邸宅が一時『豊中ホテル』という異名をとった。それほど宿泊客が多かった。南都雄二、大村崑、白木みのる、夢路いとし・喜味こいし、茶川一郎といった面々が、麻雀とかにかこつけて帰らないのである。住み着いた奴もいた。『おい、あそこで麻雀してる奴、見かけん奴やけど、渡辺プロの誰や?』『いやあの子ナベプロの子とちがうで』『誰やねん』『ウチへ来てる洗濯屋さんよ』。もっといい加減な奴は、『豊中ホテルに泊まりました』と、勤めている会社から宿泊代をせしめた。飯はタダ、宿泊もタダ、その宿泊代を会社に出してもらえば、おのれの小遣いになる。しまいには東京のマネージャーからディレクター、全盛時代のザ・ピーナッツ、中尾ミエ、梓みちよといった人たちも大阪の仕事の宿泊所にしてしまった」
 そして、「これだけ集まるなら野球チームが作れる」とチームを結成。「野球の強化合宿といっては、豊中ホテルで合宿麻雀。気の毒に幸枝さん(藤田夫人)は、宿泊人の食事の世話から洗濯、チームの面倒は見さされるわ、球場の手配も任されるわ、挙げ句の果てには試合相手まで探さされた」そうである。借金騒動の裏話も豊富。

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山名靖英『SESSIONS#1』(03年/山名靖英後援会)

山名靖英『SESSIONS#1』(03年/山名靖英後援会)

山名靖英『SESSIONS#1』(03年/山名靖英後援会))

これは05年に引退した公明党所属の衆議院議員による対談集なんだが、なぜかROLLYや坂本一弘(日本修斗協会会長/サステイン代表)、そして藤田と、人選が奇跡の一言! ROLLYのHPでこの本の存在を知ったボクはすぐに山名靖英HPで通販したんだが、いまは引退したためかHPも閉鎖され、著者名&タイトルでネット検索しても何も引っ掛からない幻の本になってしまったようだ。
 でもまあ、中身はそれほど濃くもないから、入手できなくても後悔する必要はなし!
 いきなり「今日の対談を大変楽しみにして昨夜は眠れなかったという感じです(笑)」「私は、大の藤田まことさんのファンなんですよ」と持ち上げておきながら、「『はぐれ刑事』なんかはどのくらい続いているんですか? 視聴率はやっぱり30%ぐらい?」という調べればすぐわかるような質問をしてみたり、藤田が色々と話している最中に「非常に興味深いお話ですね。まだまだお聞きしたいのですが、最後にこれからのビジョンをお聞かせ下さい」と無理矢理話をまとめに入ったりと、いちいち代議士らしくて会話に心が入っていないのであった。

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『あの日、夢の箱を開けた!』(03年/小学館)

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 黒柳徹子や森光子、永島茂雄、小林亜星なんかが登場する、『テレビサライ』の連載をまとめたインタビュー集。
    料理本を出してはいるが、「昨今のテレビには、芸能人がずらり顔を並べて、局のアナウンサーの司会でおしゃべりしながら美食を楽しむといった体裁の番組が多い。こうした時代の傾向については、いささか批判的」だという藤田は、バラエティ番組に迎合する役者に対して批判していく。
「この間なんか、ある女優さんが関係した男性の名前を挙げてテレビでしゃべっている。どこか場末のスナックで一杯飲みながら内輪でしゃべるようなネタを局アナの司会で延々とやっているんですよね。そんな番組を放送するなら、ネタがありませんと言って、テレビ局には昔放送した、いいソフトがたくさんあるわけですから、そうした良質の作品をゴールデンに流す。でなければ、テストパターンを出す(笑)、そのくらいの勇気がほしいと思いますね」  藤田も、一緒にソープにいった男たちの名前を著書で明らかにしてたのに!
 藤田の料理番組嫌いは、『年をとるのも悪くない』情報によると、京都・祇園の寿司屋の主人から「テレビのクイズ番組、ものを食う番組、そういう番組に出たら、あんたのことは役者とは見なさん。それだけはよう覚えときや」と言われたのがきっかけだったようだ。「こういう友人が見守っていてくれている限り、私も変な真似はできない」……って、あれ? 『愛のエプロン』に出て、料理を食べてなかったっけ?

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『わたしの失敗』(06年/産経新聞出版)

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『わたしの失敗』(06年/産経新聞出版)

 楳図かずお先生や欽ちゃんが失敗談について語る、『産経新聞』の連載をまとめたオムニバス。藤田は、なぜかこんな失敗談を口にしていた。
「毎年、クリスマスの時期に出演していた大阪・キタのクラブに、誕生日を迎えた父親を招待したことがある。三十人ほどホステスがいた。『好きな子を選んでおいてくれ。店が終わったら一緒に飲もう』。藤田は父親にそう声をかけた。父親へのささやかな誕生日祝い。ところが、父親が目をつけたある和服の女性を見て、そばにいたホステスたちが一斉にクスクスと笑いだした。相手というのは、藤田が三年ほど交際していた女性だった」
 これまでの著書に出てきてないような女の話が、まだ隠されていたわけなのである。『はぐれ刑事』のように枯れていると思われているけど、藤田はまだまだ現役の仕事人!

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吉田 豪の近況

8年ぶりに『タモリ倶楽部』(テレビ朝日)に出演しました。11月9日放送です。あと、11月にはしばらく密着取材されていた『給与明細』(テレビ東京)が放送されたり、『みうらじゅんのサブカル・ジェッター』(TBSラジオ)に出演したり、1週間ほぼ毎日イベントに出たりで、売れっ子だと錯覚されそうな感じで露出が増える予定。

そして、3年ぶりの続編となるインタビュー集『続・人間コク宝』(07年/コアマガジン)も10月末発売! 今回も楳図かずお、松浪健四郎、佐藤忠志、せんだみつお、河相我聞、塩田丸男、東郷健、目黒祐樹、ダン池田、ポール牧、横浜銀蠅・嵐、松野大介、愛川欽也、マイク真木、加納典明、高木淳也、橋幸夫、角川春樹、角川春樹×Kei-Tee対談×2(20年ぶりの再開対談&録り下ろし)という無駄に濃厚なラインナップ!

発売記念イベントもありますよ!

○サイン会
11月4日(日)14時より、丸善丸の内本店(東京都千代田区丸の内1-6-4)にて。
定員100名 整理券の配布あり 詳しくは丸善丸の内本店(電話03-5288-8881)まで。

○トークショー
11月8日(木)18時30分よりジュンク堂書店新宿店(東京都新宿区新宿3-29-1)にて。
開場は18時 定員50名 詳しくはジュンク堂新宿店(電話03-5363-1300)まで。

※いずれも、その店舗で『続・人間コク宝』を購入された方が参加できます。

資料提供:吉田豪

吉田 豪

1970年9月3日生まれ。プロ書評家、プロインタビュアー、コラムニスト。ヴィンテージブックサーファーとして、数々の雑誌、新聞などで連載を持つ超スーパー売れっ子ライター。編集プロダクション・アートサプライで、『VOW』(宝島のコーナー)投稿選考主任を務め、その後『紙のプロレス』編集部へ。ライティングの斬新さと異常なおもしろさが評判となりトップライターに。主な著書は『男気万字固め(エンターブレイン』『人間コク宝(コアマガジン)』 『元アイドル!(ワニマガジン社)』 『吉田豪のセメント!!スーパースター列伝 パート1( エンターブレイ)』などがある。『男気万字固め』は、芸能人インタビュー本の最高作として評価を受けている。また、TBSラジオ『ストリーム』(月曜14時〜)、新宿ロフトプラスワンで行われる人気イベント『格闘二人祭!!』、『スナック・リリー』にもレギュラー出演中!(写真左は掟ポルシェさん)

バックナンバー

2007.06.21 第1回:塩沢とき「コンプリート書評」

2007.07.25 第2回:岸部シロー「コンプリート書評」

2007.08.24 第3回:川津祐介「コンプリート書評」

2007.09.27 第4回:内田裕也&祐也ファミリーTOP3「コンプリート書評」

2007.10.25 第5回:藤田まこと「コンプリート書評」