
今号は平和を愛する『OG』というテーマで無鉄砲にライドオンしておりまして、そこで、元自衛官という俳優界では異色な肩書きをお持ちであり、平和を愛する熱い男の中の男、役者・今井雅之さんに、「平和とは何か!?」というやや重い難題をとことん斬っていただこうと思っております。
「おぉ、よろしく!」
まず最初に、今井さんは高校卒業後に自衛隊に入隊されていますが、なぜ自衛官になろうと思われたんですか?
「なぜ自衛官に? それはね、罠にはめられたんですよ(苦笑)」
罠と申されますと!?
「まぁこれは後でまた詳しく話すと思いますけど、とにかくボクは子どもの頃から俳優という職業に憧れてましてね、ことあるごとに『ボクは俳優になる!』って言ってたんですよ。で、ボクは“怖い”とか“ヤンキーちゃうか?”とか言われてますけど、意外と高校は進学校でね」
北兵庫県では有名な進学校だったんですよね。
「そうなんですよ。中学の時に親父に『中学を卒業したら俳優を目指して東京に行きたい』って行ったんですけど、そしたら親父が『わかった。でも頼むから高校だけは出てくれ』って。で、『高校を卒業したら自由にさせてくれよ』ってことで、けっこう勉強して入ったんです。で、卒業時期に面接みたいなもんがあってね」
進路相談みたいなのが?
「そうです。そういうときもね、先生に私学か国公立かみたいなことを聞かれてとことん進路について話すんですけど、ボクは『役者になります』のひと言で終わるわけで、もう2分くらいで面談が終わるんですよ(苦笑)」
まぁ、両親と約束してたわけですし問題はないですよね。
「ところがね、最初は担任の先生も言葉半分で聞いてたんでしょうけど、あまりに言い続けるもんですから、担任の先生が親に連絡して『役者という道を目指されてるそうですけど、当校としてはそう言われても全然アドバイスできないのですが……』みたいなことを言ったみたいなんですよ。最初は親も『そんなもん言わせといてください』って適当にあしらってたみたいなんですけど、時が経つに連れて、『これは雅之、本気やな』と気付いたみたいで」
で、ついに衝突ですか?
「うーん、衝突っていうか……、衝突すらさせてくれないみたいなね(苦笑)」
でも、高校卒業したら好きにさせてくれるという約束は?
「親父に何度も何度も『約束したやないか』と、『好きにさせてくれるって言ったやないか』と懇願したんですけど、親父は『お前の気持ちもわかるけど、親の気持ちも考えろ。オレは親として、お前をヤ●ザな世界に入れることなんてできない!』の一点張りでね」
お父様からすれば、役者の世界はヤ●ザな世界だった?
「っていうか、当時はそう思われていた(即答)」
あ、そうなんですか……(汗)
「そんなもんね、特にあの頃っていったら、有名な人のコンサートをその筋の人がバックアップしたりとかそんな時代ですよ、それこそ兵庫の田舎でしたから、それこそ興行いうたらそういうもんっていうのがあります」
……、うーんまぁとにかく、そういうヤ●ザな世界に息子をやるわけにはいかないと。
「そうですわ。でね、親父が『とりあえず成人するまでは親の言うことを聞け、高校卒業したら自衛隊に行ってこい!』ってね」
お父様も自衛官なんですよね。
「ちなみに兄貴も自衛官ですわ(苦笑)。でね、『自衛隊に入って、それでもお前が夢に挑戦したいって気持ちが消えなかったら、持ち続けられたらオレは諦める』と言ってくれて」
まぁ、お父様が自衛官っていう事実がありますから「自衛隊に行ってこい」っていう台詞も納得できますけど、普通に考えたら親に自衛隊に放り込まれるってかなり酷な話ですよね。
「そりゃ酷でしょ、普通はあり得ないですよ。でもね、ボクはちょっと違ってて、小さい頃から家に親父の同僚や上司が遊びにくるわけじゃないですか、戦闘服とか作業服を着てね。だからなんか肌に慣れてたというか、憧れは憧れやったんですよね、オスとして」
職業とかそういう憧れじゃなく、強い男としてということですね?
「そうです。ああいうビシっとした感じが好きやったもんで。『敬礼!』みたいなね。ダラダラチャラチャラしたのが昔から、今でも大嫌いなんで、自分の中では全然自然でしたね」
なるほど。ただ、お父様からすればこれも全て計算済みだったんじゃないですかね?
「うん、そう思いますわ。親父からすれば一度自衛隊に入れればそのままずっといるもんやと思ってたと思うんですよ。下士官の学校に受かってね、そのままそこを卒業してトントンと上にいって、そのまま辞めれなくなって役者の道を諦めると。中学卒業から高校卒業までを網に張った巧妙な罠ですよ(笑)」
その企みには当時気付いてた?
「いや、もうとりあえずあと2年頑張れば自由になれる!ってそれだけでしたね。ただ、正直あんなにキツいもんやとは全然思ってなかったですね(苦笑)。まぁ体力的に辛いのはわかってましたし当たり前なんですけど」
中高はあらゆる武道を、プライベートも体育会系な今井さんでもキツかった?
「中高と先輩後輩の縦社会の世界にいましたし、それなりにそういった辛さは知ってたんですけど、つっても1日数時間の世界じゃないですか。でも、自衛隊はそれが24時間、しかも毎日毎日ですからね。さらに生活まで同じって……、もうね、これはもう現代人には耐えられないわけですよ。絶対に納得いかへんこともあったし」
それは具体的に?
「例えばね、誰かがミスしよったら、それはミスしたヤツの責任でしょ。誰かの靴ひもが緩んでるとか、そんなんボクに関係ないやないですか。でも、自衛隊では全てが連帯責任なんですよ。下駄箱に締まってある誰かの靴が綺麗に並んでないとかってことで、なんで全員靴捨てられなアカンねん!『そんなもん関係あるか!』ってことじゃないですか。でも、自衛隊は違うんですよ、しかも罰則もあるし」
罰則まで!
「そうなんですよ。『10マイル!』って言われたら速攻で16キロ走らされたり、死ぬほど腕立て伏せやらされたり、暴力とかダメって風潮ですけど、鉄拳制裁なんてそんなものは当たり前の世界です。もう当時はボッコボコですよ(苦笑)」
ボッコボコですか……。
「ボッコボコです。あとね、内務規律っていうのがあるんですけど、それがもうホントにイヤでしたね。その中には掃除っていうのもあるんですけど、掃除なんて見た目が綺麗やったらそこでもういいじゃないですか。でも、自衛隊はホコリひとつ許されない、虫眼鏡で見られますからね」
む、虫眼鏡ですか!
「そんなもん絶対ほこりなんて見つかりますよ。で、少しでもホコリが見つかろうものなら掃除を最初からやり直し、しかも罰則付き(苦笑)」
死ぬまで掃除をしてないといけないような気持ちになりますね。
「ぶっちゃけそれに近いですよ。銃とかもね、朝から晩まで手入れして、バラバラにしてまた組み直して『点検お願いします』って言ったら、これまた虫眼鏡ですわ。しかも、懐中電灯で照らしながらですよ」
か、懐中電灯ですか……。
「でね、ほこりのことを“ウジ虫の卵”って言うんですけど、上官とか先輩とかが『ウジ虫の卵発見!』って(苦笑)これまたちっちゃいほこりなんですよ。で、そんなもんが見つかろうもんなら一からやり直しですよ。またバラバラにして組み直して、罰則の繰り返しですわ。外出禁止になったりもしますしね。ホンマね、毎日毎日そんなんでね、『こんなもん国防に関係あるんやろうか?』って」
アハハハハ(笑)
「もうそんなんが延々と。とにかく規律ですよね、ブーツなんかもね、ピカピカやないとダメなんですよ。自分の顔が写り込むくらい」
そりゃかなりのピカピカ具合ですね(苦笑)
「じゃないとまた罰則ですからね。だからもう暇さえあれば唾をペッってかけて、テカテカに磨いてましたね。もうね、今までの日常というか学校生活みたいなのでは絶対なかったし、戦後教育を完全に否定されたというか……、地獄ですね。とにかくキツかった、連帯責任なんて糞やと思ってる人間でしたし」
納得できなかった?
「18才まで自由やったというか、民主主義で育ってきましたし、いろいろと考えるところはありましたね。でも、今になって思いますけど、あのときがホントの意味での自由っていうもんを知ったと思います。やはりね、規律がある中でというか、ホントの自由ってものに対してものスゴく勉強になりました……、って思うようにしてますけど(笑)」
自衛隊では戦車隊に配属されたんですよね?
「そうですね、一般教育を受けた後に職種というか、普通の会社で例えると研修後に部所分けされて配属先が決まるみたいな感じなもので、大砲だったり通信だったり歩兵だったり広報だったりといろいろあるんですけど、ボクは機甲科っていって戦車のところに」
ご自身で志望されたんですか?
「そうなんですよ。機甲科はハードルが高くてですね、1区隊35人くらいいて、適正を見られて、だいたい受かるのは1区隊から2人くらいなんですよ」
エリートですね! どうでしたか、戦車を操縦するという日常から逸脱した世界は?
「とにかく『これは普通に生きてたら絶対にないな』ってことばかりでしたね。だって、ボクが操縦してた戦車って29.600ccですよ」
アハハハハ! まさにモンスターですね。
「しかもリッターで100メートルから200メートルでしたからね(苦笑)。あきらかにエコとか省エネみたいなのには真っ向から背中を向けてますよ。でね、当時は自衛隊で一番上下関係が厳しいのが戦車隊なんですよ」
普通であり得ないくらい厳しいのに、その中でも一番なわけですか(苦笑)
「兄貴には『絶対に辞めろ!』って言われましたね。『オレんとこに来い、ワック(女性自衛官)もいるし楽だぞ!! 機甲科なんていったら絶対に性格変ってしまうぞ』って何回も言われましたけど、どうせ2年で辞めるというか、俳優になるって決めてましたし」
どうせ辞めるんだから戦車の操縦をしてみたいと?
「ですね、戦車を操縦するなんて正直めったにないじゃないですか(笑)」
普通に生きてたら絶対にないですね。しかも、俳優になっとときにかなり目立つ経歴になると?
「そりゃありましたよ!」
アハハハハ! プロフィールの特技欄に「戦車の操縦」ってあったら美味し過ぎますもんね。
「この先にある俳優人生にとっては絶対にいいと思いましてね。子どもの頃も、戦車のプラモデルをよく作ってましたし、『戦車乗りって中々いいな』って。本物を見た時になんかはもうスゲぇって浮かれましたよ」
ただ、入ってみたら前評判通りというか、予想通り?
「めちゃくちゃですよ……。無論、体罰はもう当たり前、例えば操縦訓練なんかのときなんてね、人間クラッチっていうんですけど、下で操縦してたら上にいる上官が『次は右、そこは左じゃボケ!』って頭を足でバチバチに蹴るんですよ(苦笑)」
まさに人間クラッチですね……。
「ボクの同僚なんて木刀で人間クラッチされてて、ヘルメットがパカーンって割れましたからね」
弾丸から頭を守るヘルメットを木刀で(笑)
「ボクが当時乗ってたのは74式っていって、世界で初めてコンピュータ制御が導入された画期的な戦車っていわれてたんですけどね」
コンピュータの“コ”もないですよね(笑)
「完全に上官制御です。でもね、殴ったり蹴ったりする方もそこまで必死になるのはもうしょうがないんですよ。操縦を誤って転がりなんかしてもうたらもう大変ですからね」
戦車って転がっちゃうんですか!
「あまり知られてないみたいですけど、ガンガン転がりますし、ひっくりかえりますよ。舗装された道路で演習してるわけやないですし、そうじゃないと訓練になりませんから。ニュースにはなりませんけど、戦車の訓練で殉職されている方は決して少なくないですからね」
訓練で殉職されてる方がいるんですか!
「いますいます。砲塔に首が挟まって首が飛んだとかもありましたし、殉職までいかなくてもね訓練中に手が飛んだとか、ざらですよ。ちょっとでも何かに挟まってしまったりしたら内臓破裂ですし、へたしたら真っ二つですから。ちょこっと車に踏まれてもまぁなんとかなるっていう感じですけど、戦車に踏まれたらもう終わりですからね。35トンですからもうどうしようもない(苦笑)」
メーカ―さんももっと安全を配慮して作ってくれないんですかね?
「アハハハハ! 兵器ですから基本的に安全はないですよ。今のはもっとスゴいんじゃないですかね、50トンくらいあるんじゃないですか」
軽量化とかって完全無視な世界なんですね。
「なんでしょうね、陸上自衛隊のへんな誇りみたいなもんでしょうけど、ボクは100%無意味やと思いますけどね。だって、日本は山だらけでしょ、砂漠とかでガンガンに動くんやったらわかりますけどね。でも、今でもおかしいなって思ってることがあるんですけど、戦車だけは国産なんですよね。他の兵器は買ってるのに、なぜか戦車は国産、優秀なんですかね?」
でも、意味ないんですよね(笑)。戦車部隊の異常な厳しさは訓練時だけですか?
「もちろん、戦車に乗るときは目の色が変わってますけど、それだけじゃなかったですね。もうボコボコですよ(苦笑)」
耐えられずにキレたことはないんですか?
「うーん、修行にことかいてウンコを握らされたときは悔しくてキレましたね」
う、ウンコですか……。
「しかも人糞ですよ(笑)」
うわぁ、それって何の修行になるんですか?
「なんの修行にもならないとは思いますけど、みんがが通ってきた道なんでしょうね。空手とら柔道をやってた頃も先輩の厳しさはありましたけど、さすがにウンコはキレましたね。でも、結局は屋上に呼び出されて、先輩連中にボコボコにされましたね。ホンマに悔しかったですよ」
身体の痛みは治りますけど、心の痛みは治らないですよね……。
「空手とか柔道のときの先輩のシゴキなんてまぁ2〜3時間くらいじゃないですか。で、その後に『あんな糞先輩関係ねーよ!』とか言って発散できるじゃないですか。でも、自衛隊は24時間ですからね。生意気なヤツはやられるんですよ」
そりゃキツいなぁ……。
「結局は軍隊ですから、そりゃもう厳しくてしょうがないです。だってね、やってることはヤ●ザより過激ですからね。毎日毎日、仕事として人を殺す練習をしてるんですから」
まぁ、言い方を変えればそうなりますよね(苦笑)
「もう朝から晩まで人を殺す練習ですよ。ヤ●ザなんて六甲山の山奥に隠れてショボいピストルをパンパンやってるくらいでしょ。でも、ボクらはもう正々堂々と撃ちまくってるわけですからね」
しかもヘビーな銃器でですもんね。
「だって、戦車ですよ(笑)。そんなもんヤ●ザどころか警察にもないですよ!」
たしかに(笑)。18才の少年がいきなり日常から逸脱した世界に放り込まれたわけですが、そこで何かこう日本という国についてみたいなことを客観視するようなことはありましたか?
「国を守るということに対してはとことん考えましたね。日本という国をどこから守らなければいけないかってこととか。例えばあるとすればロシア、あの当時は旧ソ連(以下、ソ連)なんで全然別の国ですけど、うーん……、正直今でも同じ様な国なわけですが」
アハハハハ! まぁまぁ(苦笑)
「ボクらからしたら地図って日本が中心なわけじゃないですか。日本が真ん中にあって、中国とかロシアが向かって左側にあって、アメリカが右上のほうにという感じで。でも、ソ連の地図はね、地球の上の方から見た感じで、ソ連がこうドカーンっとあって、極東に日本がちょこんとあって、アメリカがブワっってあるんですけど、その地図を見るとね『あー、なるほどな。太平洋を挟んで考えると、日本ってかなり重要やな。ここを獲ればかなり有利やな』ってのがわかるんですよ」